礼拝案内

日曜日 10:30~11:45 2階礼拝堂

礼拝では、讃美歌を歌い、聖書を読み、祈りをささげ、牧師の「説教」を聴くことが主たる内容です。「説教」と言いますが「お説教」ではなく、聖書をまんべんなく読むための「教会暦」に従った聖書の箇所から、牧師が「今の時代に生きる我々への神様からの語りかけだと理解するところ(メッセージ)」を話します。 そのメッセージの要旨を、まだ教会に来られたことのない方にも読んでいただいて、こんな話をしているのかと関心を持っていただけたらと思い、紹介させて頂きます。 この「説教要旨」をお読みになられて、天満教会に行ってみようと思ってくださると有難いです。ぜひご感想を携えて天満教会をお訪ねください。

礼拝の様子

説教要旨

2020年9月27日 -聖霊降臨節第18主日礼拝-

説教者 小西 望 牧師

説教『愛をもってこれを貫く』

 聖書 詩編33編4~7節、エフェソの信徒への手紙3章7~19節

 

私の前任教会、仙台北教会(もと日本組合基督教会宮城教会)は、新島襄が校長を務めた宮城英学校(後の東華学校)の教員・学生らによって1887(明治20)年に創立されました。新島は創立3か月後にこの教会を訪れていますが、説教はしていません。新島が仙台で説教したのは1886(明治19)年、日本基督一致教会仙台教会(現在の仙台東一番丁教会)においてのみで、エフェソ3章を開き、“キリスト教とは何かと訊ねられたら〝愛をもってこれを貫く″と答えたい”と語られています。

このとき同教会の押川方義牧師と新島は、仙台に英学校を創るにあたってのライバル関係にありました。何度か会談を重ねましたが、一致を見るに至りませんでした。そうした中で押川は新島を礼拝に招き、新島は十字架上で敵のために祈ったキリストを指し示して、この広く深く高い愛こそが私たちを共々に引き寄せ、今も働きかけて私たちを歩ませるのだと説教したのでした。

この後、新島は宮城英学校を、押川は仙台神学校(現在の東北学院)を創立します。それぞれの主義主張を大切なものとしつつも、そうした違いを抱えたそれぞれを招きとり用いられるキリストにあって信頼を交わして働き得る幸いを二人は感じていたのではなかったか、そう思うのです。

1890年1月23日、新島襄は46歳で召天しました。その前々日、教え子の小崎弘道を病床に呼び寄せ、エフェソ3章を朗読させています。殊に12「わたしたちは主キリストに結ばれており、キリストに対する信仰により、確信をもって、大胆に神に近づくことができます。」、20「わたしたちの内に働く御力によって、わたしたちが求めたり、思ったりすることすべてを、はるかに超えてかなえることのおできになる方」に感じ入った、と記録が残っています。このことは、1月27日に同志社での葬儀式でなされた小崎の説教においても紹介されました。

詩33:4~5では「真実」(エムーナー)、「恵みの業」(ツェダーカー)、「裁き」(ミシュパート)、「慈しみ」(ヘセド)という旧約聖書の大切な言葉によって、主なる神こそ生けるものを有らしめる根源的な力であることが指し示されています。

今日共にしたエフェソ3:7~は、そのまま伝道者新島襄の歩みに重なります。特に、小さく足りない者を近くに引き寄せ(12節)、今も生きて働きかけられる(20節)キリストの愛に生かされ、応えようと生涯を歩んだのでした。新島が依り頼んだ18「キリストの愛の広さ、長さ、高さ、深さ」は、今を生きる私たちにも働き、招いています。

 

* 説教作成にあたって、同志社女子大学准教授 山下智子先生よりご教示を頂きました

 

次週の礼拝

2020年10月4日 -聖霊降臨節第19主日礼拝-

説教『神の国で新たに飲むその日まで』

説教者 小西 望 牧師

聖書 出エジプト記12章24~28節、マルコによる福音書14章12~26節

10時10分聖餐式 10時30分公同礼拝

*HP上に礼拝動画の掲載を行っていますのでご覧ください。

*ご不明な点は、お気軽に教会までお問い合わせください。