礼拝案内
日曜日 10:30~11:45 2階礼拝堂
礼拝では、讃美歌を歌い、聖書を読み、祈りをささげ、牧師の「説教」を聴くことが主たる内容です。「説教」と言いますが「お説教」ではなく、聖書をまんべんなく読むための「教会暦」に従った聖書の箇所から、牧師が「今の時代に生きる我々への神様からの語りかけだと理解するところ(メッセージ)」を話します。 そのメッセージの要旨を、まだ教会に来られたことのない方にも読んでいただいて、こんな話をしているのかと関心を持っていただけたらと思い、紹介させて頂きます。 この「説教要旨」をお読みになられて、天満教会に行ってみようと思ってくださると有難いです。ぜひご感想を携えて天満教会をお訪ねください。
説教要旨
2025年12月28日
- 降誕節第1主日 -
説教『慰めを待ち望む』
説教者 小西 望牧師
聖書 イザヤ書49章13~16節 ルカによる福音書2章22~33節
ユダヤ人には、生後40日の子を主に奉献するしきたりがありました。この日、両親ヨセフとマリアに連れてこられたイエスに出会った老人シメオンはこの幼子こそ救い主であることを悟り、幼子を抱いて31「万民のために整えてくださった救い」に感謝したのでした。彼が歌った賛歌は、ラテン語の初行からヌンク・ディミティス(Nunc Dimittis)と呼ばれます。“今こそ去らせてください”という意味ですが、そう歌いつつこの老人は希望と平和にあふれています。エルサレム神殿では毎日こうした奉献の光景があったであろう中、幼子イエスを見逃さなかったのは不思議なことでした。そこには26「聖霊」の導きがあったに違いありませんが、加えて彼が慰めの到来を25「待ち望」んでいたことが与っているのではないでしょうか。
B.C.6世紀、都エルサレムの荒廃に人々が14「主はわたしを見捨てられた」と嘆いたとき、預言者第三イザヤは13「主は御自分の民を慰め」てくださる祝福の光景を語りました。都の荒廃は主を忘れた民の罪が招いたものでしたが、母がわが子を慈しむその愛をもって(15節)神が必ず罪を赦し回復を与えてくださることを仰いだのです。
シメオンが生きてきたのは、ヘロデ大王がローマ帝国の力を借りて王朝を築いた血なまぐさい時代でした。ですが彼は過去にではなく、将来に約束された希望に眼差しを注いでいました。その眼差しゆえに彼は救い主を見出し、晩年になお希望を歌い得たことを思います。来たる新しい年にも多くの課題が横たわっているのが見えます。と共に、そうした世界の中に主が降り立たれ、救いと完成の約束が与えられていることに目を向けて歩みたく願います。
2026年1月4日
- 公現日礼拝 / 降誕節第2主日 -
説教『キリストは明日おいでになる』
説教者 小西 望牧師
聖書 詩編85編9~14節 マタイによる福音書2章1~9・9~12節
讃美歌 275・244・279
ご不明な点は、お気軽に教会までお問い合わせください。

