礼拝案内

日曜日 10:30~11:45 2階礼拝堂

礼拝では、讃美歌を歌い、聖書を読み、祈りをささげ、牧師の「説教」を聴くことが主たる内容です。「説教」と言いますが「お説教」ではなく、聖書をまんべんなく読むための「教会暦」に従った聖書の箇所から、牧師が「今の時代に生きる我々への神様からの語りかけだと理解するところ(メッセージ)」を話します。 そのメッセージの要旨を、まだ教会に来られたことのない方にも読んでいただいて、こんな話をしているのかと関心を持っていただけたらと思い、紹介させて頂きます。 この「説教要旨」をお読みになられて、天満教会に行ってみようと思ってくださると有難いです。ぜひご感想を携えて天満教会をお訪ねください。

 

説教要旨

 

- 聖霊降臨節第18主日礼拝 / 世界聖餐日礼拝 -

説教『しばらくすると』

説教者 小西 望 牧師

聖書 エレミヤ書 32章8~15節

 

“しばらく”とはどの位の長さなのかは、人によってまちまちかもしれません。今日の個所で実に7回繰り返されている16「しばらくすると」の原語は“ミクロン”、1000分の1ミリを表す単位の語源となった言葉です。「主のもとでは、一日は千年のようで、千年は一日のよう」(Ⅱペトロ3:8)との言葉を思い起こします。

何を指して主イエスは、16「しばらくすると」と言われたのでしょうか。直接には、直後の十字架の死と復活を指していましょう。希望の主を失い20「悲嘆に暮れる」が、20「その悲しみは喜びに変わる」22「その喜びを…奪い去る者はいない」と主は予告されました。

これらの言葉は、時代を越えて私たちにも告げられています。16「しばらくすると」与えられる20「喜び」とは、すべてを8「明らかにする」聖霊の伴いでもあり、ついに13「真理」が世を覆う完成の時でもあります。いくら頑張っても結局は大きな力の前に潰されていくとの20「悲嘆」を味わったとしてもそれは16「しばらく」ミクロンの間のことだ、私が伴って希望を仰がせ、ついには大いなる祝福へと導くと主は約束されました。

自らが預言したとおり南王国ユダが滅亡しようとしているとき、エレミヤは主の言葉に導かれてエルサレム近郊の町アナトトの土地を買い取りました。その際、詳細に正式な手続きがなされたことが記されています。敵軍が包囲している危機的な状況下に(2節)、奪われゆく土地についてこのような手続きをすることは無意味なように思えます。しかし、それはいつの日か必ず復興する時が来るとの主の約束17節)への信頼ゆえの行為でした。

私たちが時を計るのとは別に、主は歴史を御手に治めこれを導かれます。この主の伴いと約束を仰ぐときに、私たちは20「喜び」を携えつつ今を歩み得ます。

 

 

 

- 聖霊降臨節第19主日礼拝  -

説教『まことをもってまことへ』

説教者 小西 望 牧師

聖書 創世記 32章23節~33章4節 マルコによる福音書 9章33~37節

讃美歌 151・226①②③④・448

 

ご不明な点は、お気軽に教会までお問い合わせください。