礼拝案内

日曜日 10:30~11:45 2階礼拝堂

礼拝では、讃美歌を歌い、聖書を読み、祈りをささげ、牧師の「説教」を聴くことが主たる内容です。「説教」と言いますが「お説教」ではなく、聖書をまんべんなく読むための「教会暦」に従った聖書の箇所から、牧師が「今の時代に生きる我々への神様からの語りかけだと理解するところ(メッセージ)」を話します。 そのメッセージの要旨を、まだ教会に来られたことのない方にも読んでいただいて、こんな話をしているのかと関心を持っていただけたらと思い、紹介させて頂きます。 この「説教要旨」をお読みになられて、天満教会に行ってみようと思ってくださると有難いです。ぜひご感想を携えて天満教会をお訪ねください。

 

説教要旨

2026年7月5日

-  聖霊降臨節第7主日 -

説教『分け合ってイエスは主だと悟りたい』

説教者  春名 康範 牧師

聖書 マルコによる福音書8章14~21節

 私は、2023年から都島にある大阪拘置所の教誨師をしています。拘置所では漫画クラブを設立して、受刑者の方々と画いた漫画を見せ合って、お互いに考えたことを話し合っています。法律が改定されて、刑務所も拘置所も刑罰の為に留め置く処から新しい気持ちで人生再出発をするところに変わりましたので漫画を画くぐらいしか能のないボケボケの私も喜ばれています。
 弟子たちもボケボケで、マルコ8:1~10に書かれていた7つのパンで4000人を養った奇跡の証拠となった残ったパン屑7籠忘れて来て船の中には1つのパンしかなかったというのです。するとイエス様が、「ファリサイ派の人々のパン種とヘロデのパン種によく気をつけなさい」と戒められました。すると、弟子たちは自分達がパンを持って来ていないからだと議論を始めました。すると、「まだ悟らないのか」と2回も言われました。「悟る」はギリシャ語ではスニエーミで同じことを考えていると理解することを意味します。
 ボルノーという学者が、議論は違いを明らかにすることが目的であり、「交渉」は譲れるところを探して妥協点を探ることが目的であり、「対話」はもしかすると自分の方が間違っていたかも知れないという可能性を残して相手のいう事を聴くことである」と言っています。議論や交渉ではなく、対話をして相手を理解することが大事なのだと言うのです。8:1~11に記されていた4000人の人々と7つのパンを分け合って食べた出来事は、デカポリス(10の町という意味)のギリシャ系の人々とパンを分け合い一緒に食べた出来事で国籍も人種も問わず、隣にいる人の空腹を自分の空腹のように理解し分け合って食べると不思議な感動が互いを包み、感謝して頂いた。人種も国籍も性別も超え、互いに神様から命を頂いて生かされていることを喜んで食べたパンの味は美味しかった。あの時の喜びを思いださないのか、と言われたのです。
 「ばけばけ」の主題歌も「毎日難儀なことばかり」で摩擦の絶えない世界だが、互いに自分のことのように考えて助け合うと文化や思想、信仰の違いも気にならなくなります。アメリカとイスラエルとイランが戦争を始め、世界中が不景気と資源不足に悩まされています。互いに聖書をベースにして神様を礼拝しているというのに、敵を全滅させることが信仰者の使命であると思い込んで戦争をしています。聖書の最初の戒めは、創世記1:28の「すべての生き物と共に治めよ」です。「まだ悟らないのか」と、今日の聖書に2回も記されています。助け合って共に生きましょう。

2026年7月12日

-  聖霊降臨節第8主日/部落解放祈りの日 -

説教『教会は真理の柱、神の家』

説教者  春名 康範 牧師

聖書 マルコによる福音書 8章22~26節・テモテの手紙一 3章14~16節

 

ご不明な点は、お気軽に教会までお問い合わせください。