礼拝案内

日曜日 10:30~11:45 2階礼拝堂

礼拝では、讃美歌を歌い、聖書を読み、祈りをささげ、牧師の「説教」を聴くことが主たる内容です。「説教」と言いますが「お説教」ではなく、聖書をまんべんなく読むための「教会暦」に従った聖書の箇所から、牧師が「今の時代に生きる我々への神様からの語りかけだと理解するところ(メッセージ)」を話します。 そのメッセージの要旨を、まだ教会に来られたことのない方にも読んでいただいて、こんな話をしているのかと関心を持っていただけたらと思い、紹介させて頂きます。 この「説教要旨」をお読みになられて、天満教会に行ってみようと思ってくださると有難いです。ぜひご感想を携えて天満教会をお訪ねください。

礼拝の様子

説教要旨

2020年3月29日 -受難節第5主日礼拝-

説教者 春名 康範 牧師

説教『光ある 今を活かして 砂を積む』

 聖書 ヨハネによる福音書 12章20~36節

 

何人かのギリシャ人が「イエス様にお目にかかりたい」とやって来た時、イエス様はご自分の死を予告されました。この人たちはアテネやコリントではなく、中東に住んでいたギリシャ人であろうと思います。この地方はBC333年からBC166年迄ギリシャに支配されていました。その後100年程イスラエルは独立し、BC63年からローマに支配されました。ヨルダンの東のデカポリス(10の町)地方はギリシャ系の人々の町でした。イエス様の弟子の内5人はギリシャ系の名前です。ユダヤの人々からアム・ハーレッツ「地の民」と呼ばれ、混血の人々として差別されていました。

ヨハネはローマ支配に苦しめられているギリシャ系の人々に福音を伝えようとしました。その場合「栄光」とは、ローマ軍の撃退が常識でした。だから、イエス様の名声が高まることは当局の監視の的になることでした。しかし、イエス様は迫害する者を倒して勝利するのではなく、自分が敵を赦して死ぬことで愛の勝利を収められたと証言しているのです。32節の「上げられる」は十字架の死を意味していました。

中国で新型コロナウイルスが感染し始めた時に、李文亮医師が警鐘を鳴らすとデマを流したと逮捕され、その後ご自身も感染して死なれました。イエス様も真実を語り、人々を救う愛の実践をされ、多くの人々の希望となられた時、当局の弾圧を覚悟しておられたのだと思います。それでも「この時のために来た」(27節)と言われ、覚悟を決められました。イエス様には雷の音を通しても神様の語り掛けが聞こえたのです。私も、訪問中に足が痛くて歩けなくなった時、一人の婦人が同じように足を痛みながら歩いておられて、声をかけ、二人で駅まで歩きましたが、改札口でその人はいなくなりました。復活のイエス様だったのだろうかと思いました。

世界は決して生きやすくはならないと思います。次々と難題が起こってくるでしょう。私達に出来る事は砂の器を作るようなことで、すぐに風化し破壊されるかもしれません。しかし、イエス様が一緒にいてくださると信じて励む時、主は共におられたと感じる体験をするのだと思います。「光はいましばらく、あなたがたの間にある」(35節)と言われます。まだ何か出来る間にイエス様と共に人々の平和と救いの為に出来る事を実践し、「主は本当に復活され、共におられた」という経験をしましょう。

次週の礼拝

2020年4月5日 -受難節第6主日礼拝 -

説教『旅路に伴われる主』

説教者 小西 望 牧師

聖書 サムエル記下 7章1節~7節 / フィリピの信徒への手紙2章6~11節