礼拝案内

日曜日 10:30~11:45 2階礼拝堂

礼拝では、讃美歌を歌い、聖書を読み、祈りをささげ、牧師の「説教」を聴くことが主たる内容です。「説教」と言いますが「お説教」ではなく、聖書をまんべんなく読むための「教会暦」に従った聖書の箇所から、牧師が「今の時代に生きる我々への神様からの語りかけだと理解するところ(メッセージ)」を話します。 そのメッセージの要旨を、まだ教会に来られたことのない方にも読んでいただいて、こんな話をしているのかと関心を持っていただけたらと思い、紹介させて頂きます。 この「説教要旨」をお読みになられて、天満教会に行ってみようと思ってくださると有難いです。ぜひご感想を携えて天満教会をお訪ねください。 礼拝の様子

説教要旨

2017年6月18日    -聖霊降臨節第3主日礼拝-

説教者 春名康範牧師

「悔い改めは価値ある大逆転」  

聖書 マタイによる福音書3章1~6節

 

先日、我が家で事件がありました。ネズミが住み着いていたのです。天井を棒で突いたり、猫の鳴き声をまねたり殺虫剤を振りかけて追い出しを図りました。侵入経路を見つけて、1つをセメントで固め、もう一つをペットボトルで、中から外に出ることが出来ても、外から中には刺々して入れない仕掛けを作ってセットし、しばらく様子を見ました。幸い功を奏してネズミは出て行ったようですが、この仕掛けのことを話したら「優しい」と褒められました。でも、Uターンを認めないのは冷たいやり方であると自分では思いました。

バプテスマのヨハネが荒れ野で悔い改めの洗礼を人々に語った時、沢山の人々が自分の罪を告白して洗礼を受けたと今朝の聖書に書かれています。人々はヨハネの説教を聞いて、昔の先祖は神様に祖国に帰ることができるようにしてもらえたのに帰らないでグズグズしていたことを思い出して、祖国に、神様の元に戻らなければいけないと気が付いたというのです。

聖書に「放蕩息子の譬え」がありますが、高倉健の映画に「幸せの黄色いハンカチ」があります。このモデルになった実話があります。父親のお金を持ち出して遊興に身を持ち崩した青年が、食うに困るようになって父親の所に帰ろうと決心し、赦してくれるなら果樹園の木に白いハンカチを結び付けておいて欲しいと手紙を書いて列車で帰って行きました。果樹園は花盛りかと思うほど枝という枝に白いハンカチがくくりつけてありました。決心してUターンして行くのも勇気がいりますが、Uターンを許して待っているのには赦す愛が要ります。

人間は誰でも自己嫌悪になるほど、利己的で、貪欲で、見栄っ張りです。そのことを認めて悔い改めることは勇気のいることですが、それを赦して受け入れるには愛が必要です。神様は独り子イエス様を十字架に架けて、我々の罪を贖ってくださいました。そのことを信じて新しく生き直そうとすることが悔い改めで、新しい出発式が洗礼です。再出発に勇気が必要ですが、神様の愛は両手を拡げて待っておられます。「悔い改め」とはUターンすることです。Uターンすると、それまでの前が後ろに、右が左に替わります。右は英語でright「正しい」、左はleft「間違い」の意味もあります。それが逆転することが悔い改めです。

次週の礼拝

2017年6月25日        -聖霊降臨節第4主日礼拝-

説教「世の光となるとき」 榎本 栄次牧師

聖書 マタイによる福音書5章13~16節