礼拝案内

日曜日 10:30~11:45 2階礼拝堂

礼拝では、讃美歌を歌い、聖書を読み、祈りをささげ、牧師の「説教」を聴くことが主たる内容です。「説教」と言いますが「お説教」ではなく、聖書をまんべんなく読むための「教会暦」に従った聖書の箇所から、牧師が「今の時代に生きる我々への神様からの語りかけだと理解するところ(メッセージ)」を話します。 そのメッセージの要旨を、まだ教会に来られたことのない方にも読んでいただいて、こんな話をしているのかと関心を持っていただけたらと思い、紹介させて頂きます。 この「説教要旨」をお読みになられて、天満教会に行ってみようと思ってくださると有難いです。ぜひご感想を携えて天満教会をお訪ねください。

礼拝の様子

説教要旨

2018年2月18日 -受難節第1主日礼拝-

説教者 春名康範牧師

説教『苦しみを通して貴重な者に』

 聖書 マルコによる福音書1章9~15節

 

 

イエス様がバプテスマのヨハネから洗礼を受けられた時、「霊」が鳩のように自分に降って来るのをご覧になったと書かれています。「霊」は風や息と同じ単語で、目には見えないが人間に作用する力だと考えられています。古代ゲルマン人は木の葉が揺れているのを見て、目には見えない力が働いて、秋になると葉が散って命が終わるが、また春になると命が甦って来ると理解しました。それで「葉っぱ」という単語leafの複数形leavesから「信じる」という単語を作りだしたと言われています。それにしてもなぜ「霊」はイエス様を荒れ野に送り出したのでしょうか。

ヘブライ書12:6に「主は愛する者を鍛え、子として受け入れる者を皆、鞭打たれるからである」と書かれています。ヨブ記や箴言にもこのような言葉が記されています。人間の親でも子どもを訓練するように、神様も愛する者を訓練されるというのです。日本刀は鉄の棒を何度の火の中に入れて、ハンマーで打ち叩いて鍛えることで誕生します。陶器や磁器も暑い釜の中で焼いて美しい物に仕上げます。神様がおられるならどうしてこんな苦しいことが起こるのかと不思議に思いますが、神様はイエス様にも我々にも苦しみを敢えて与えて訓練されるのではないでしょうか。

2月4日(日)の朝日新聞朝刊は癌の特集のような紙面でした。第1面では松井和奈(かずな)さんは、23歳の時に友達の結婚式の前日に胃がんの告知を受けて、「自分はバージンロードを歩く日は来ないんだろうな」と重たそうです。しかし、看護師の道を選び、5年後には結婚し、「癌を機に幸せと出会えた」と言っておられます。第33面には小学校の時から悪性リンパ腫になり、抗がん剤で髪の毛も抜けて悲しかったけれど、「病気になったから今の自分がある」と看護師の仕事に精を出しておられます。

洗礼を受けたら幸せな人生が開かれるのではなく、希望も可能性もない荒れ野とみられる日々に追いやられます。神様の可能性しか期待できないという経験をして、真剣に信仰に立つ人間に育てられるためです。ヘブライ書2:10に「数々の苦しみを通して完全な者とされたのは、万物の目標であり源である方に、ふさわしいことであるからです」と書かれています。大変なことだけど、「天使たちが仕えていた」(13節)と書かれているように、私たちの荒れ野も神様に守られているのだと信じて希望を持ちましょう。

 

次週の礼拝

2018年2月25日 -受難節第2主日礼拝-

    説教『戦いの部屋を持とう』  説教者 春名康範牧師

聖書 エフェソの信徒への手紙6章10~20節