礼拝案内

日曜日 10:30~11:45 2階礼拝堂

礼拝では、讃美歌を歌い、聖書を読み、祈りをささげ、牧師の「説教」を聴くことが主たる内容です。「説教」と言いますが「お説教」ではなく、聖書をまんべんなく読むための「教会暦」に従った聖書の箇所から、牧師が「今の時代に生きる我々への神様からの語りかけだと理解するところ(メッセージ)」を話します。 そのメッセージの要旨を、まだ教会に来られたことのない方にも読んでいただいて、こんな話をしているのかと関心を持っていただけたらと思い、紹介させて頂きます。 この「説教要旨」をお読みになられて、天満教会に行ってみようと思ってくださると有難いです。ぜひご感想を携えて天満教会をお訪ねください。

礼拝の様子


説教要旨

 

2022年1月16日

- 降誕節第4主日礼拝 -

説教『壁を乗り越えさせる力』

説教者 小西 望 牧師

聖書 創世記 50章15~21節 使徒言行録 9章10~19節

 

日本の言い回し・慣用句の由来は中国の故事などからのものが多いですが、まれに聖書からきたものもあります。今日開いた箇所にある18「たちまち目からうろこのようなものが落ち、サウロは元どおり見えるようになった」、ここから“目から鱗”との言葉が生まれました。

このきっかけを生んだのは、17「サウロの上に手を置いて言った」アナニアでしたが、彼らは厳しい断絶のこちら側と向こう側に立つ二人でした。サウロはファリサイ派に立つ熱心な「教会の迫害者」(フィリピ3:6)であり、アナニアはこの時狙われていたダマスコの教会メンバーであったからです(2・10節)。ところが二人はそれぞれ、思いがけない生ける神の働きに捉えられました。サウロは激しく迫害を加えていたイエスこそが、熱心に従ってきたわが主であることをはっきりと示されました(5節)。そしてアナニアはあろうことか仇であるはずのサウロを訪ねて癒せ、15「行け」と有無を言わせず押し出されたのです。およそ理解そして承服し難い思いだったろう彼がそれでも従い17「兄弟サウル」と呼びかけたとき、二人の間の「敵意という隔ての壁」(エフェソ2:14)は崩されました。18「目からうろこ」の体験をしたのはサウロだけではありませんでした。アナニアも、そして教会も人の思いを超えゆく聖霊の働きとそれに応えた者たちの手助けによって、断絶から和解へと導かれたのです(26~28節)。

創世記37~50章に綴られるヨセフ物語は、ヤコブの息子12人の愛憎の物語です。その長いいきさつは20「あなたがたは…悪をたくらみましたが、神はそれを善に変え…救」いをもたらされました、との言葉で閉じられます。読んだことのない方は、ぜひ物語を辿ってみてください。数々の愚かを重ね断絶を招いたヤコブの一家を、神は人の思いを超えるみ業をもって和解と祝福に導かれました。そしてその生けるみ手はその後も神の民に伴い、これを導いていると物語は告げています。

人の罪、その頑なさはどの時代にも対立と断絶を生み出します。が、その壁を越え行かせる生ける神の働きがある、このことに励まされ導かれて歩み行きたく願います。

 

 

= 次週の礼拝 =

 

2022年1月23日

- 降誕節第5主日礼拝 -

説教『聞いて行うこと』

説教者 小西 望 牧師

聖書 申命記 4章1~2節 ルカによる福音書 10章38~42節

讃美歌 57・497・509

 

 

ご不明な点は、お気軽に教会までお問い合わせください。