礼拝案内

日曜日 10:30~11:45 2階礼拝堂

礼拝では、讃美歌を歌い、聖書を読み、祈りをささげ、牧師の「説教」を聴くことが主たる内容です。「説教」と言いますが「お説教」ではなく、聖書をまんべんなく読むための「教会暦」に従った聖書の箇所から、牧師が「今の時代に生きる我々への神様からの語りかけだと理解するところ(メッセージ)」を話します。 そのメッセージの要旨を、まだ教会に来られたことのない方にも読んでいただいて、こんな話をしているのかと関心を持っていただけたらと思い、紹介させて頂きます。 この「説教要旨」をお読みになられて、天満教会に行ってみようと思ってくださると有難いです。ぜひご感想を携えて天満教会をお訪ねください。

礼拝の様子

説教要旨

2020年7月5日 -聖霊降臨節第6主日礼拝-

説教者 小西 望 牧師

説教『ヨナのしるし』

 聖書 ヨナ書4章1~11節、ルカによる福音書11章29~32節

 

29「しるし」とは、平たく言えば“証拠”です。すでに20「神の指で悪霊を追い出し」解放をもたらしておられた主イエスになお、人々は救い主としての“証拠”を求めたのでした。

今日私たちは「悪霊」という考え方をしませんが、では私たちまた世界が何物にも囚われず自由であるかというとそうではありません。例えば人間が作り出した貨幣経済は今や世界総生産のおよそ8~10倍という架空の金融市場へと膨張し、様々な硬直・対立・支配を生み出しています。人の思いと力を超えた悪しき力による呪縛という問題は、むしろ今日より深刻になっています。聖書の時代のみならず、今日の私たちと世界が憐れみと解放を必要としています。

さて問われた主イエスは、与えられるのは29「ヨナのしるし」だけだと言われました。それはどういう意味だったでしょう。

ヨナは旧約の時代、退廃の都ニネベに神の裁きを伝えるべく神から遣わされた人物です。ヨナは大任に尻込みして別の方向に逃げ出そうとしますが、神の手を逃れることはできず、ついにヨナは「三日三晩魚の腹の中で」(ヨナ2:1)過ごすことになったのでした。この「三日三晩…」をもって、主イエスはご自身が引き受ける十字架の死を指し示されたのです。救い主の29「しるし」とは、人々の思いとは全く違う形で与えられたのでした。

さて改心したヨナがニネベの人々に裁きを告げると、人々は悔い改め、神も裁きを下すことを思い留まられました。一方、私の苦労はいったい何だったのかと怒るヨナに、神は一本のとうごまのエピソードと共に“どうして私は右も左もわきまえないこれらの人々と生けるものを惜しまずにいられようか”との言葉を与えられ、この物語は閉じられます(同4:11)。

主イエスは29「よこしま」な時代、右も左もわきまえず頑なな人々を嘆きつつも、その救いのために命を分け与えられたのです。今の時代と私たちもこの憐みと慈しみを頂いて希望と共生へと歩み出したい、そう願います。

 

次週の礼拝

2020年7月12日 -聖霊降臨節第7主日礼拝-

説教『キリストが癒してくださる』

説教者 西澤 献 伝道師

聖書 使徒言行録9章32~43節

*HP上に礼拝動画の掲載を行っていますのでご覧ください。

*ご不明な点は、お気軽に教会までお問い合わせください。