礼拝案内

日曜日 10:30~11:45 2階礼拝堂

礼拝では、讃美歌を歌い、聖書を読み、祈りをささげ、牧師の「説教」を聴くことが主たる内容です。「説教」と言いますが「お説教」ではなく、聖書をまんべんなく読むための「教会暦」に従った聖書の箇所から、牧師が「今の時代に生きる我々への神様からの語りかけだと理解するところ(メッセージ)」を話します。 そのメッセージの要旨を、まだ教会に来られたことのない方にも読んでいただいて、こんな話をしているのかと関心を持っていただけたらと思い、紹介させて頂きます。 この「説教要旨」をお読みになられて、天満教会に行ってみようと思ってくださると有難いです。ぜひご感想を携えて天満教会をお訪ねください。

礼拝の様子

説教要旨

2019年2月23日 -降誕節第9主日礼拝-

説教者 春名 康範 牧師

説教『今も尚、小さな愛が 奇跡産む』

 聖書 ヨハネによる福音書 6章11~13節

 

コロナウイルスが大変な混乱を引き起こしています。京都の町は閑散とし、大阪の商売は存続の危機に直面し、オリンピックも開催が危ぶまれています。ウイルスなんて、肉眼で見えない小さな生き物ですが、恐ろしい力を持っています。イエス様も「天の国はパン種に似ている」(マタイ13:33)、「ミクロテロス・エスティーン・メガス」(一番小さなものこそ一番大きい)(ルカ9:48)と言われました。

今朝の聖書には男性だけで5000人もの人が5つのパンと2匹の魚で満腹になったという奇跡物語が記されています。4つの福音書を繋ぎ合わせて読むと全体像が見えてきますが、時期は早春で食糧難の時で、収穫したての大麦のパンと保存食の2匹の魚を持っている子どもがイエス様に献げて、みんなで感謝して食べたという出来事のようです。どうやらイエス様の周りに集まってきたのはエルサレムで過ぎ越しの祭りを祝う巡礼団であったようです。子どもが弁当を献げたので、大人たちも自分の弁当を献げて、みんなで分け合って食べた愛の奇跡だったのではないでしょうか。

150年前、新島襄が日本に帰国するにあたり、アメリカ会衆派教会の伝道団体アメリカン・ボードの総会で「日本に帰ってキリスト教主義の大学を造りたい」と訴えた出来事は有名です。会衆派はアメリカ建国の礎を築いた教派ですが、新島がアメリカに滞在した1860年代には主たる教派の中で最も小さな勢力に成っていました。日本の教育の為に募金を許すほどの余裕はなかったのです。しかし、理事のハーディの根回しで演説は実現しました。演説が終わると次々と献金をする人が現れ、一人の老人は2㌦を献げて「これは帰りの汽車賃だ。俺は歩いて帰れる」と言いました。ある老夫婦は新島の後を追いかけて来て2㌦捧げました。子どもの献金ではありませんが、貧しい高齢者の献金が、同志社大学設立の基金になりました。

偉大な出来事は、いずれも小さな献げものから始まります。「子どもみたいなことを考えるな」と言われても、①これはイエス様のご栄光を現す、②困難の中にある人を救う、③まだ誰も手掛けていないの3拍子が揃ったら小さな業を始めましょう。「神の国はからし種のようなものである」(マルコ4:31)と主は言われました。私達が献げるのは子供だましのような小さなことでも、用いられるのは神様ですから偉大なことに発展します。

次週の礼拝

2019年3月1日 -受難節第1主日礼拝 -

説教『人生は 一寸先は 闇だけど』

説教者 春名 康範 牧師

聖書 出エジプト記 17章1節~16節