礼拝案内
日曜日 10:30~11:45 2階礼拝堂
礼拝では、讃美歌を歌い、聖書を読み、祈りをささげ、牧師の「説教」を聴くことが主たる内容です。「説教」と言いますが「お説教」ではなく、聖書をまんべんなく読むための「教会暦」に従った聖書の箇所から、牧師が「今の時代に生きる我々への神様からの語りかけだと理解するところ(メッセージ)」を話します。 そのメッセージの要旨を、まだ教会に来られたことのない方にも読んでいただいて、こんな話をしているのかと関心を持っていただけたらと思い、紹介させて頂きます。 この「説教要旨」をお読みになられて、天満教会に行ってみようと思ってくださると有難いです。ぜひご感想を携えて天満教会をお訪ねください。
説教要旨
2026年2月8日
- 降誕節第7主日 -
説教『人の見るところ、神のまなざし』
説教者 小西 望牧師
聖書 サムエル記上16章5~13節 ルカによる福音書21章1~6節
1「目を上げて」1・2「見て」6「見とれて」と、今日開いた福音書では人々の眼差しが意識されています。人々は1「金持ちたち」のたくさんの献金に注目し、エルサレム神殿の5「見事な石と奉納物」に目を留めるのです。が、主イエスは2「貧しいやもめ」のわずかな献金に込められた信実をご覧になられました。この出来事は主の受難物語の中に置かれています。十字架において主イエスはその命まで、まさに4「持っている…全部」を注ぎ出されました。同じように神に信頼してすべてを捧げたこの女性の姿は、響くものとして主の胸に刻まれたことを思います。そして次いで主は、歴史の流転を超えてなお残るものは何かと問われたのでした。
サウルに代わるイスラエル王を選ぶ際、主は7「人は目に映ることを見るが、主は心によって見る」と告げられ、羊の番をしていた末の子ダビデを選ばれました。主なる神は真実を見通され、世と私たちはその眼差しの内に置かれています。
以前ある講演で、時代はポスト・モダンを突き抜けてポスト・トゥルースに入ってしまったとの言葉を聞きました。真実の多様化どころか、もはや真実は重要ではなく個人の感情に訴えるものが影響力をもつ時代との指摘です。“ポスト・トゥルース”はオックスフォード英語辞典により2016年を象徴する言葉に選ばれています。まさに私たちもそのような時代・社会を歩んでいることを折しも国政選挙投票日のこの日、感じざるを得ません。
社会からは共通の価値が見失われ、依って立つ基盤は流動化していきます。私たちは何に価値を置き、何をどう見極めていきましょうか。いや、まずそれ以前にあなた自身また世界と歴史が真実なる眼差しの内に置かれているのだ、と聖書は語ります。この主の言葉に耳を傾けてこそ、私たちに確かな基盤が与えられることを銘記する必要があります。
2026年2月15日
- 降誕節第8主日 -
説教『その日、そして今』
説教者 小西 望牧師
聖書 ヨエル書2章11~14節 ルカによる福音書21章29~38節
讃美歌 209・443・575
ご不明な点は、お気軽に教会までお問い合わせください。

