礼拝案内

日曜日 10:30~11:45 2階礼拝堂

礼拝では、讃美歌を歌い、聖書を読み、祈りをささげ、牧師の「説教」を聴くことが主たる内容です。「説教」と言いますが「お説教」ではなく、聖書をまんべんなく読むための「教会暦」に従った聖書の箇所から、牧師が「今の時代に生きる我々への神様からの語りかけだと理解するところ(メッセージ)」を話します。 そのメッセージの要旨を、まだ教会に来られたことのない方にも読んでいただいて、こんな話をしているのかと関心を持っていただけたらと思い、紹介させて頂きます。 この「説教要旨」をお読みになられて、天満教会に行ってみようと思ってくださると有難いです。ぜひご感想を携えて天満教会をお訪ねください。

礼拝の様子

説教要旨

2018年10月14日 -聖霊降臨節第22主日礼拝-

説教者 春名康範牧師

説教『鶏が 鳴いてペトロも 泣きだして』

 聖書 マルコによる福音書14章66節~72節

 

過ぎ越しの祭りの食事の席で、イエス様は弟子たちに「あなたがたは皆わたしにつまずく」(マルコ14章27節)と言われました。ペトロが「たとえ、みんながつまずいても、わたしはつまずきません」と言いました。しかし、イエス様は「今夜、鶏が二度鳴く前に、三度わたしのことを知らないと言うだろう」と言われ、はたして、その通りになりました。何故ペトロは、イエス様のことを「知らない」と言ったのでしょう。

その謎を解くカギは、ペトロがいた「下の中庭」(54節)ではないかと思います。著者マルコは、AD70年にローマ軍によるエルサレムが破壊前にこの福音書を書き、大祭司官邸の作りを確認でき、オリーブ山で逮捕されたイエス様がどの道を通って大祭司官邸に連れ込まれたか確認出来たのです。イエス様は坂下の庭にある裏口から連れ込まれ、裁判は正門のある上庭に面する官邸で開かれたので、ルカの記述と違いペトロにはイエス様が見えませんでした。その下庭の裏口で、女性が「あなたは、」と言ったので、否んでしまい、鶏が鳴いて初めて気が付いたのです。

シェンキェビッチ著「クォ・バァディス」はネロの迫害の時にローマでペトロが殉教の死を遂げたことを書いています。信徒たちがペトロに「逃げてください」と頼み、ペトロがローマを後にしアッピア街道を進んで行くと、向こうから復活のイエス様が来られ、「クォ・バァディス・ドミニ」(主よ、いずこへ)と言うと、「あなたが私の民を見捨てるなら、私はローマに行って今一度十字架に架かろう」と言われた。ペトロはローマに引き返し殉教の死を遂げたとなっています。この作品の間違いはAD64年のネロの迫害にAD81~96年のドミティアヌス時代の事を書いていることです。そんな激しい迫害があれば、ペトロはローマを離れなかったと思います。

決定的な出来事は正面から来るのではなく、成り行き上、少しずつ起こり、気が付いたら後には戻れない破滅的な出来事に成っているものです。霞が関のブローカーの手に落ちた文部科学省の官僚も、掛けそば一杯のおごりから始まって、警戒心が解かれて銀座の高級バーでの接待に進み、気が付いたら裏取引の会話が録音されていたのだと思います。これくらいは問題ないと、自分に都合のいい判断をして、警戒心が緩んだところで罠にはまりました。サタン(誘惑者)は巧妙です。私たちも気を付けましょう。

 

 

次週の礼拝

2018年10月21日 -霊降臨節第23主日礼拝-

説教『幸いを 何とするかで 天地の差』 説教者 春名康範牧師

聖書 マタイによる福音書 5章1節~12節