礼拝案内

日曜日 10:30~11:45 2階礼拝堂

礼拝では、讃美歌を歌い、聖書を読み、祈りをささげ、牧師の「説教」を聴くことが主たる内容です。「説教」と言いますが「お説教」ではなく、聖書をまんべんなく読むための「教会暦」に従った聖書の箇所から、牧師が「今の時代に生きる我々への神様からの語りかけだと理解するところ(メッセージ)」を話します。 そのメッセージの要旨を、まだ教会に来られたことのない方にも読んでいただいて、こんな話をしているのかと関心を持っていただけたらと思い、紹介させて頂きます。 この「説教要旨」をお読みになられて、天満教会に行ってみようと思ってくださると有難いです。ぜひご感想を携えて天満教会をお訪ねください。

 

 

説 教 要 旨

2026年8月30日

ー 聖霊降臨節第15主日 ー

説教「出し抜かず 聞けイスラエル 時間かけ」

説教者 春名 康範 牧師

聖書 マルコによる福音書12章 28~34節

 

 

 一人の律法学者の「あらゆる掟のうちで、どれが第一でしょうか」という質問にイエス様は「第一の掟は、これである。イスラエルよ、聞け、」と言われました。原文では「シェマー・イスラエル」ですから「聞け」が最初に言われたお言葉です。申命記6:4~5の戒めの言葉の引用です。創世記32:29に「お前の名はもうヤコブではなく、これからはイスラエルと呼ばれる」と書かれています。イスラエルの語源はサラー(言い張る)の未来形にエル(神)を付けた名前です。そのイスラエルにシェマー(聞け)というのが戒めの切り出しです。

 続いて申命記6:4~5に記されている「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くしてあなたの神である主を愛しなさい」と言われ、更にレビ記19:18に記されている「隣人を自分のように愛しなさい」と言われました。この「愛」という漢字はヒュウ(食物)がのどに閊(つか)えてむせぶという意味のキという字の下に心という字を書いて表現しました。3段階あって、込み入った字になりましたが、「愛」という字になりました。受けるという字の真ん中に心を入れるノと書くと愛という字になります。愛とは何も言わないで相手の心を理解しょうと黙って聴くことです。

 昔、ミヒャエル・エンデの「モモ」との出会いから新潟にいのちの電話を設立する運動に参加して、自分も訓練を受けて相談員になりました。牧師の仕事も説教をして人々を信仰に導き入れることだと思っていましたが、そうではなく人の話を聞くことだと確信しました。モモという女の子は家も家族もない乞食のような女の子で、大都会の廃墟に住み着きました。すると、モモがそこに住んでいることが周りの人々の無くてはならないことになって、人々が次から次へ尋ねて来るようになりました。いつでも誰かがモモの傍に座って、何か一生懸命に話し込むようになりました。そして何か困ったことを抱えて悩んでいる人がいると、「モモのところに行ってごらん」というようになりました。

 聞くこと、聞いてもらう事は聞く人にも聞いてもらう人にも不思議な生きる力を引き出すのです。神様を愛する、隣人を愛する、という事は聞くことです。イラン戦争も時間を気にせず、互いに相手の言うことを聞くことが解決へと導くのだと思います。私達の日常生活の不安やトラブルも時間をおしまず相手の言う事を聞く事、対話無くして解決しません。