礼拝案内
日曜日 10:30~11:45 2階礼拝堂
礼拝では、讃美歌を歌い、聖書を読み、祈りをささげ、牧師の「説教」を聴くことが主たる内容です。「説教」と言いますが「お説教」ではなく、聖書をまんべんなく読むための「教会暦」に従った聖書の箇所から、牧師が「今の時代に生きる我々への神様からの語りかけだと理解するところ(メッセージ)」を話します。 そのメッセージの要旨を、まだ教会に来られたことのない方にも読んでいただいて、こんな話をしているのかと関心を持っていただけたらと思い、紹介させて頂きます。 この「説教要旨」をお読みになられて、天満教会に行ってみようと思ってくださると有難いです。ぜひご感想を携えて天満教会をお訪ねください。
説 教 要 旨
2026年9月20日
ー 聖霊降臨節第18主日 ー
説教「人間は 心身共に 年をとる」
説教者 春名 康範 牧師
聖書 マルコによる福音書 14章12~26節
詩編117篇は聖書の中で一番短い章で、旧新約聖書の真ん中にあります。旧約聖書は929章で新約聖書は260章で、合計すると1189章になり、真ん中が詩編117篇です。117編の詩で歌われている内容は、「すべての国」即ち「すべての異邦人」も「すべての民よ」「イスラエルの民」も主な神様の慈しみと真理エメトは永遠だから、主を讃美せよハレルヤと歌っているのです。
過越しの祭りでは、出エジプト記6:6~7の「わたしはエジプトの重労働の下(もと)からあなたたちを導き出し、奴隷の身分から救い出す。腕を伸ばし、大いなる審判によってあなたたちを贖う。そして、わたしはあなたたちをわたしの民とし、わたしはあなたたちの神となる」に従い、この太字の出来事を感謝し乾杯を4回します。開会の祈りの後、第1回目の乾杯(to life)をし、手を洗い、苦菜と種なしパン(マッツアー)を食べました。その時、イエス様が弟子の一人が私を裏切ろうとしていると言われた(マルコ14:18~21節)。出エジプト記を読み詩編113と114を讃美し第2の乾杯(to freedom)をして手を洗い、苦菜のサラダを塩水の鉢に浸して食べ、115篇と116篇を讃美してからテーブルの上にナプキンで包んで隠されていたマッツアーを手にして、「これはわたしの体である」(22節)と言われました。讃美の祈りを唱えた後、裂いて分けて食べられた時の讃美が詩編117篇でこの時の乾杯が第3の乾杯(to peace)。この順番を守ってキリスト教の聖餐式を守るので、パンが先でぶどう酒が後。それから本格的な食事をし、詩編118篇を讃美して第4の乾杯(to Jerusalem)をして閉会になります。ですから、教会の聖餐式でパンを配る時は「救い出す」を記念して、ぶどう酒を配る時は「贖う」を記念して。
過ぎ越しの祭りは、BC1275年にエジプト脱出を感謝して守られましたが、BC528年にバビロニアから解放されてユダヤ教が誕生し、560年ほど後にキリスト教が誕生し、AD610年にイスラム教が誕生し、1517年にプロテスタント教会が誕生しました。この歴史の流れから考えられるのは、人間は利己的で世俗的だから齢をとると体も老化するが心も信仰心も老化して、何が何だか分からなくなる限界性を持っているという事ではないかと思います。
国も宗教団体も個人も時間の経過とともに訳の分からないものに成ってしまいます。毎日聖書を読みましょう。人間は誰でも齢をとり理解力も判断力も弱くなりますので、意見を交わし合って生きることが大事です。

