礼拝案内

日曜日 10:30~11:45 2階礼拝堂

礼拝では、讃美歌を歌い、聖書を読み、祈りをささげ、牧師の「説教」を聴くことが主たる内容です。「説教」と言いますが「お説教」ではなく、聖書をまんべんなく読むための「教会暦」に従った聖書の箇所から、牧師が「今の時代に生きる我々への神様からの語りかけだと理解するところ(メッセージ)」を話します。 そのメッセージの要旨を、まだ教会に来られたことのない方にも読んでいただいて、こんな話をしているのかと関心を持っていただけたらと思い、紹介させて頂きます。 この「説教要旨」をお読みになられて、天満教会に行ってみようと思ってくださると有難いです。ぜひご感想を携えて天満教会をお訪ねください。

 

説教要旨

 

- 聖霊降臨節第1主日 / ペンテコステ -

説教『命と愛を指し示すもの』

説教者  小西 望 牧師

聖書 創世記2章7節 イザヤ書42章5~9節 ローマの信徒への手紙5章1~11節

 

 

ペンテコステとは、主イエスの十字架と復活の約50日後に弟子たちに聖霊が降ったことを記念する日です。それは「激しい風が吹いて来るような」出来事であったと使徒2:1~に記されています。

「風(プノエー)」は“息”“霊”を意味するプネウマと同じ語源に基づく語であり、旧約でも新約でも聖書でこれらはつながったものと理解されています。創世記2章の7「主なる神は、土の塵で人を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった。」との創造物語は、私たちがただ緻密に作られているから生きているのではなく神から命を分け与えられた存在であることを指し示しています。聖霊の働きはこのことを私たちに思い起こさせます。

イザヤ42:5~は「神は…地…の上に住む人々に息を与え、そこを歩く者に霊を与えられる」とまずこのことを記し、さらに7「見ることのできない目を開き、捕らわれ人をその枷から、闇に住む人をその牢獄から救い出す」のだと告げます。具体的にこれはバビロン捕囚からの解放を意味しますが、のみならず神の働きかけこそが私たちの旧いあり方を打破し、新たな希望へと導くのだと受け止めることができるでしょう。ローマ5:1~は、5「聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれ」るとき3「苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生む」のだと語っています。私はあまりこの聖句が好きではありませんでした。ほんとうに苦難は好ましいことだろうか、苦難は切磋琢磨して忍耐を生み希望に到ることがあるだろうか、と思ったのです。があるとき、上記5節と3節は切り離すことができないことに気づかされました。苦難が自ずから忍耐に到り、希望を生むのではありません。苦難に疲れ悩む小さな私たちですが、そこに5「神の愛」が注がれ復活の主の御手が働くときに困難ある中にも希望が与えられゆくのです。

聖書の理解によれば、すべての人が7「命の息」を分け与えられており、神はすべての5「地…の上…を歩く者に霊を与えられ」ています。そこには5「神の愛」に導かれ7「命」を喜ばしく生きてゆけ、との指し示しがあることに、私たちの思いを向けましょう。

 

 

 

2024年5月26日

- 聖霊降臨節第2主日 / 三位一体主日 -

説教『神の前に立つ』

説教者  小西 望 牧師

聖書 詩編79編8~13節 テモテへの手紙一4章1~5節

讃美歌 51・441・523

 

 

ご不明な点は、お気軽に教会までお問い合わせください。