礼拝案内
日曜日 10:30~11:45 2階礼拝堂
礼拝では、讃美歌を歌い、聖書を読み、祈りをささげ、牧師の「説教」を聴くことが主たる内容です。「説教」と言いますが「お説教」ではなく、聖書をまんべんなく読むための「教会暦」に従った聖書の箇所から、牧師が「今の時代に生きる我々への神様からの語りかけだと理解するところ(メッセージ)」を話します。 そのメッセージの要旨を、まだ教会に来られたことのない方にも読んでいただいて、こんな話をしているのかと関心を持っていただけたらと思い、紹介させて頂きます。 この「説教要旨」をお読みになられて、天満教会に行ってみようと思ってくださると有難いです。ぜひご感想を携えて天満教会をお訪ねください。
説 教 要 旨
2026年7月19日
- 聖霊降臨節第9主日-
説教『人生は誰でもみんな四苦八苦』
説教者 春名 康範 牧師
聖書 マルコによる福音書 9章14~29節
追悼祈祷
仏教の言葉に「四苦八苦」があります。生苦(生きる苦しみ)、病苦(病む苦しみ)、老苦(老いる苦しみ)、死苦(死ぬ苦しみ)、これに哀別離苦(分かれる苦しみ)、怨憎会苦(憎い人と会う苦しみ)、求不得苦(求めても得られない苦)、五盛陰苦(色んな関わりの苦しみ)を加えて、8つの苦しみになり人生は苦しみばかりだと言うのです。本当にそうですね。
イエス様が高い山の上で「山上の変貌」と言われる神秘的な経験をされた後、山を下りて弟子達や人々が待っている里に下りて来られると子どもの病気を癒して欲しいと言う人が待っていました。「病」はウイルスや遺伝子やストレスが原因で発症します。今朝の聖書には「汚れた霊」が原因であると書かれていて、霊のプニウマは風、息、精神、知、情、意の意味があり、プネオー「呼吸する、吹く」という動詞が語源です。呼吸をして生きるという事は、酸素も吐き出しますが炭酸ガスも吐き出します。人を喜ばす言葉や態度も発しますが、意識しないで人を傷つけたり配慮のない言葉や態度をまき散らします。
イエス様は、「この種のものは、祈りによらなければ決して追い出すことは出来ない」と言われました。それは、弟子達や律法学者たちがこの子のことで議論していたからです。議論はスゼーテイテという単語で、スン(共に)ゼーテオー(捜し求める)で良い意味合いを感じますが、自分の考えの正しさをぶつけ合うことを意味しますので、ボルノーは「もしかすると自分の方が間違っているかも知れないという可能性を常に残して相手の言うことを聴かなければならない」と言いました。それでイエス様も、「祈りによらなければ決して解決しない」と言われたのです。「祈り」という漢字はネ(神)と斤と書きます。この斤は大きな斧で木を切る象形文字だそうです。自分は正しいではなく、自分の間違いに気付かされるのが祈りです。ですから、自分の望みを神様に訴えるだけでなく、聖書のみ言葉を読んで自分を省み、大きな斧で自分を切り倒し、自分のしてきたことを振り返ることが大事です。
毎日、祈りましょう。自分の生き方の修正のために、友達の生活の為に、愛する家族のために祈りましょう。人生は誰でも四苦八苦です。共に隣人の為に、特にトラブルを感じている人の為に祈りましょう。毎日、朝一番に聖書を1章読み、祈りの時を持ちましょう。

