礼拝案内

日曜日 10:30~11:45 2階礼拝堂

礼拝では、讃美歌を歌い、聖書を読み、祈りをささげ、牧師の「説教」を聴くことが主たる内容です。「説教」と言いますが「お説教」ではなく、聖書をまんべんなく読むための「教会暦」に従った聖書の箇所から、牧師が「今の時代に生きる我々への神様からの語りかけだと理解するところ(メッセージ)」を話します。 そのメッセージの要旨を、まだ教会に来られたことのない方にも読んでいただいて、こんな話をしているのかと関心を持っていただけたらと思い、紹介させて頂きます。 この「説教要旨」をお読みになられて、天満教会に行ってみようと思ってくださると有難いです。ぜひご感想を携えて天満教会をお訪ねください。

 

説教要旨

 

2026年6月14日

-  聖霊降臨節第4主日 / 子どもの日・花の日 -

説教『召し使いたちは知っていた』

説教者  小西 望牧師

聖書 ヨハネによる福音書2章1~11節

 

 

イエスさまの時代、1「婚礼」は当人・家族のみならず村の人々の喜びの時でした。皆が歌い踊り、食べ飲んで、喜びを分かちあったのです。ところがこのとき、楽しいお祝いには欠かせないぶどう酒が足りなくなってしまいました。マリアさんがイエスさまに3「ぶどう酒がなくなりました」と言ったのは、あなただったら何でもできるでしょ、ということだったのかもしれません。

するとイエスさまは、この家の召し使いたちに言って大きな水がめ6つに水をいっぱい入れてもらいました。もちろん水道などない当時、深い井戸から水を運ぶのは大変なことでした。そしてこの時足りなかったのはぶどう酒です。“なんで俺たちはこんな水を汲んでいるんだ”と思ったかもしれません。

ところがかめから汲んでお祝いの席に持っていくと、水はおいしいぶどう酒に変わっていました。おかげでお祝いは無事に続けられたのです。

さて、イエスさまが何でもできる力をお持ちならば、なぜ指先一つでぶどう酒を出されなかったのでしょう。そのわけは9「水をくんだ召し使いたちは知っていた」との言葉にあるように思います。このぶどう酒はどこから?と首をひねった世話役のそばで、召し使いたちは“もとの水を汲んだのは俺たちだぜ!”と胸をはっていたのではないでしょうか。

私たちにできるのは時にこの水を汲み続けるような、小さなことかもしれません。でもイエスさまは小さな私たちにも目をとめ、その小さな働きをも用いて、大きな喜びをもたらしてくださるのです。このまなざし、この導きが与えられていることを信じて、今を歩んでいきたく思います。

 

 

 

2026年6月21日

-  聖霊降臨節第5主日 -

説教『忍耐強く走り抜こう』

説教者  小西 望牧師

聖書 士師記16章15~24節 ヘブライ人への手紙11章32節~12章2節

讃美歌 54・441・523

 

 

ご不明な点は、お気軽に教会までお問い合わせください。