礼拝案内

日曜日 10:30~11:45 2階礼拝堂

礼拝では、讃美歌を歌い、聖書を読み、祈りをささげ、牧師の「説教」を聴くことが主たる内容です。「説教」と言いますが「お説教」ではなく、聖書をまんべんなく読むための「教会暦」に従った聖書の箇所から、牧師が「今の時代に生きる我々への神様からの語りかけだと理解するところ(メッセージ)」を話します。 そのメッセージの要旨を、まだ教会に来られたことのない方にも読んでいただいて、こんな話をしているのかと関心を持っていただけたらと思い、紹介させて頂きます。 この「説教要旨」をお読みになられて、天満教会に行ってみようと思ってくださると有難いです。ぜひご感想を携えて天満教会をお訪ねください。

 

 

説 教 要 旨

2026年8月16日

ー 聖霊降臨節第13主日 ー

説教「新しい生き方しよう悪意捨て」

説教者 春名 康範 牧師

聖書 エフェソの信徒への手紙 4章17~32節

 

 私達は、自分は善意の塊だと思って生きています。漢字で「善」は羊を捧げて(礼拝をして)隣人と言葉を交わすという意味です。私達はユダヤ教徒の人たちとカトリック教徒の人々とイスラム教徒の人々と礼拝を共にして対話をしているでしょうか?31節に、「無慈悲、憤り、怒り、わめき、そしりなどすべてを、一切の悪意と一緒にすてなさい」と書かれています。「悪」という漢字は、心の上に背を向け合う姿が描かれています。「罪」という漢字も背を向け合う姿です。私は、2023年に教誨師になって、お坊さんや神主さんとも友達になりました。

 創世記1:28には「神は彼らを祝福して言われた。「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ」と書かれていますが、この訳は間違っています。ヘブライ語原典では、ラーダー・ベ・コール・ハヤーで「全て命あるものと共に」と訳さなければなりません。何をかというと大地をです。「大地を支配せよ」なのに人間は他の生物よりも偉いんだという西洋の神学が前置詞ベをエットと同じように訳したのです。

 23節に「心の底から新たにされて、」と書かれています。この「新たにされて」はアナネオウスサイで「再び新しくされて」という意味です。全く新しい生き方ではなく、「改革されて」です。人類の歴史は、ほぼ700年単位で老化しては新しい出発が起こって来た歴史だと思います。BC1720年ごろアブラハムが旅に出て、ダビデがBC1000年にイスラエル王国を設立し、BC397年にユダヤ教が誕生し、AD30年にキリスト教が誕生し、AD610年にイスラム教が誕生し、AD1517年に宗教改革がありプロテスタント教会が誕生し、現在に至るが段々力を失っているように感じます。後200年近くすると2222年になりフフフフ、不気味な笑い声に聞こえます。プロテスタント教会も宗教改革しないと存在の意味がないほど力を失ってしまうのでしょうか。

 24節に「神にかたどって造られた新しい人を身に着け」とありますが、この「新しい」はカイノンという単語でfresh「質的に新しい」という意味です。時間の経過とともに力も使命感もなくなり、老化してしまったから、再び神様の息を吹きかけて頂いて活動を再開するしかないという事でしょうか。30~32節を拝読しましょう。共に聖書をベースにして信仰を与えられている異なる宗派の人々と対話をして共に生きる世界を造りましょう。