礼拝案内
日曜日 10:30~11:45 2階礼拝堂
礼拝では、讃美歌を歌い、聖書を読み、祈りをささげ、牧師の「説教」を聴くことが主たる内容です。「説教」と言いますが「お説教」ではなく、聖書をまんべんなく読むための「教会暦」に従った聖書の箇所から、牧師が「今の時代に生きる我々への神様からの語りかけだと理解するところ(メッセージ)」を話します。 そのメッセージの要旨を、まだ教会に来られたことのない方にも読んでいただいて、こんな話をしているのかと関心を持っていただけたらと思い、紹介させて頂きます。 この「説教要旨」をお読みになられて、天満教会に行ってみようと思ってくださると有難いです。ぜひご感想を携えて天満教会をお訪ねください。
説 教 要 旨
2026年10月25日
ー 降誕前節第9主日 ー
説教「我々もカラスに学び生きて行こ」
説教者 春名 康範 牧師
聖書 ルカによる福音書 12章22~31節
春名は自然を観察し様々な生き物と共に生きることを喜んでいるのだろうとお考えの方が多いと思いますが、実は蚊と蜘蛛とカラスに苦しめられてカラスは特に嫌いなのです。ところが、今朝のみ言葉の24節に「烏のことを考えてみなさい」、「神は烏を養われる」と書かれています。カラスは記憶力と運動能力に富み家族愛が強い鳥で芸術的センスが豊かで、親鳥が死ぬと他のカラスが孤児を育てるそうです。天皇家の紋章はカラスで、イギリスの王室の紋章もカラス、日本代表のサッカーチームの紋章もカラスです。古代バビロニアでもカラスは神に仕える鳥だと考えられていました。
しかし、カラスが優れた鳥だからというのなら続きの25節以下のお言葉は成り立ちません。カラスはスズメ科の鳥だそうですが、そのスズメの事も聖書に出てきてマタイとルカでは取り扱いが違います。マタイ10:29では「二羽の雀が1アサリオンで」ですが、ルカ12:6では組に出来ない余りの1羽さえ神がお忘れになるようなことはないとなっています。この言葉との関連で考えると、カラスは優れものだからではなく、皆から嫌われ軽んじられているけれども神様は養われるという事だろうと思います。ヨブ記38:41に「誰が烏のために餌をおいてやるのか」とあり、詩編147:9には「獣や烏のたぐいが求めて鳴けば食べ物をお与えになる」とあります。それらも嫌われものの汚れた烏だが神様は養われるという意味だと思います。ところが、神様はこのカラスに餌をやるだけでなく、神様の使いとして用いられると列王記上17:1~7に記されています。
自閉症児の伊藤英高くん著「嫌われガラス」に、「カラスは皆に嫌われるね、なぜだろう、羽が真っ黒で不気味だから、それとも口ばしがとがっているから、カラスは何もしなくても嫌われるね。でも僕は嫌いじゃないよ。君がカラスだって認めているから」と書いています。神様もカラスのことを優れていなくても養われる、だから君も他の人と比べて優れていなくても良いんだよ、と言いたいのではないでしょうか。
神様はカラスでさえお用いになって人々に生きる喜びを与え、自分のことも評価しない自信のない人をも用いて、生きる力を与え合い、共に生きる喜びの世界を築こうとしておられます。誰一人、不要な人はいないし、だれ一人神様のご計画の中にいない者はいません。カラスに学んで生きて行きましょう。

