礼拝案内

日曜日 10:30~11:45 2階礼拝堂

礼拝では、讃美歌を歌い、聖書を読み、祈りをささげ、牧師の「説教」を聴くことが主たる内容です。「説教」と言いますが「お説教」ではなく、聖書をまんべんなく読むための「教会暦」に従った聖書の箇所から、牧師が「今の時代に生きる我々への神様からの語りかけだと理解するところ(メッセージ)」を話します。 そのメッセージの要旨を、まだ教会に来られたことのない方にも読んでいただいて、こんな話をしているのかと関心を持っていただけたらと思い、紹介させて頂きます。 この「説教要旨」をお読みになられて、天満教会に行ってみようと思ってくださると有難いです。ぜひご感想を携えて天満教会をお訪ねください。

 

説教要旨

 

2026年1月18日

-  降誕節第4主日 -

説教『床を担いで家に帰りなさい』

説教者  小西 望牧師

聖書 詩編78編52~58節 ルカによる福音書5章17~26節

 

 

当時の18「家」は箱型で外階段があり19「屋根」は木の枝や日干し煉瓦・土などで出来ていましたから、穴をあけることは難しいことではありませんでした。が、19「人々」が集まっているその真上から穴をあけ19「病人を床ごとつり降ろした」というのは、あまりに大胆そして非常識な行動です。

この病人と連れてきた18「男たち」は強い絆で結ばれていたのでしょう。主イエスの評判を聞きつけ、重荷を一刻も早く取り除いてほしいと18「床」に乗せた彼を懸命に運んで来たのです。主イエスは20「その人たちの信仰を見て」、20「人よ、あなたの罪は赦された」と宣言されたのでした。

ところが人々の一部から訝りが起こりました、21「神のほかに…だれが罪を赦すことができるだろうか」。これに対し主イエスは、23「『あなたの罪は赦された』と言うのと、『起きて歩け』と言うのと、どちらが易しいか」と訊ねられたとあります。口で罪の赦しを言うのは簡単だ、と人々は考えたかも知れません。が、主イエスのこの宣言は容易く発せられたものではありませんでした。

20「罪」の原意は“的を外す”ということです。神の恵みの許に創られ養われながら繰り返しこれを裏切ったイスラエルの民を指弾する詩78編は、その罪について57「真実を失い、狂った弓のようにねじれた」(口語訳)と記しています。喜びを希望を平和を願っているはずなのに互いに傷つけあう世と私たちは、このねじれを断ちがたく纏っています。この罪の呪縛から神の大いなる祝福へと世と被造物を解放するために、主イエスは十字架へと進まれたのです。

癒された彼に、主イエスは24「起き上がり、床を担いで家に帰りなさい」と言われました。24「家」とはこれからの歩みのこと、24「床」は彼がしてもらった重荷の担い合いを指していましょう。神の赦しのもと互いに支え合い生きること、それが罪に勝って生きる道だと主は彼を、人々を、そして私たちを送り出されたのです。

 

 


2026年1月25日

-  降誕節第5主日 -

説教『喜びに立ち戻る』

説教者  小西 望牧師

聖書 イザヤ書42章1~9節 ルカによる福音書5章33~39節

讃美歌 206・ハンドベル・202

 

 

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