礼拝案内

日曜日 10:30~11:45 2階礼拝堂

礼拝では、讃美歌を歌い、聖書を読み、祈りをささげ、牧師の「説教」を聴くことが主たる内容です。「説教」と言いますが「お説教」ではなく、聖書をまんべんなく読むための「教会暦」に従った聖書の箇所から、牧師が「今の時代に生きる我々への神様からの語りかけだと理解するところ(メッセージ)」を話します。 そのメッセージの要旨を、まだ教会に来られたことのない方にも読んでいただいて、こんな話をしているのかと関心を持っていただけたらと思い、紹介させて頂きます。 この「説教要旨」をお読みになられて、天満教会に行ってみようと思ってくださると有難いです。ぜひご感想を携えて天満教会をお訪ねください。

 

 

説 教 要 旨

2026年8月2日

ー 精霊降臨節第11主日 ー

説教「求めよう互いに平和主に祈り」

説教者 春名 康範 牧師

聖書 マルコによる福音書 9章42〜50節

 

今日は平和を祈る平和聖日です。「互いに平和に過ごしなさい」と50 節に書かれています。

先週、聖書に記されている最初の神様のみ言葉は「すべての生物と共に大地を治めなさいであったのに人間の歴史は戦争ばかりだと話しました。その聖書を聖典としているユダヤ教のイスラエルとキリスト教のアメリカとイスラム教のイランが終戦を迎えることなく今日も争っています。「互いに」の「互」は、平行線の両側から手を伸ばして組んでいる姿を現しています。互いに自己主張せず手を伸ばし合って手を繋ぎ、立場を替えて相手を認め、共に存在しょうとすることが大事です。

今朝の聖書の箇所には「地獄」という単語が4 回も出てきます。ヘブライ語ではゲヒンノムと言い「ゲ」が「谷」、「ヒンノム」が「嘆き悲しむ」という意味で「嘆き悲しむ谷」という意味です。戦争に勝ちたくて子どもを偶像に捧げて殺したことから新約聖書が書かれた頃には、間違ったことをして神様に裁かれる時、こんな悲しみを味わうというイメージで地獄という単語が生まれたようです。

「議論」は自分が正しい、お前は間違っていると言い争うことです。イエス様は子どもの手をとって「このような子供の一人を受け入れる者は神様を受け入れることだ」と言われました。使徒言行録 15 章にキリスト教会が誕生して最初の使徒会議が開かれたことが記録されています。テーマは割礼を受けなければならないかどうかです。似たような話が日本でもあります。洗礼を受けていない人は聖餐式に参加出来ないという考えです。私が王子教会の牧師の時、一人の求道者のご婦人が聖餐式がある日曜日は必ず休まれるので、「どうして?」と聞くと「夫が私が洗礼を受けるなら離婚だと言うので、聖餐式の日は休むのです」と言われました。役員会で話し合いましたら、この人がイエス様を救い主と信じているのなら聖餐式に預かっても良いことになりました。ご婦人が喜んで聖餐式に預かり教会生活を続けているとご主人が洗礼も認めてくれました。

イラン戦争も同じです。私は、神殿跡地のモスク北側にユダヤ教のシナゴーグを建て、すぐ西側にキリスト教の教会が3 つあり聖書をベースに生まれた3 つの世界宗教がお互いの存在を認め合って仲良く世界の平和のために祈りを合わせたら良いと思います。排除でなく互いに手をとり合って平和を造る友となることこそ神様のご希望であり大事なことです。