礼拝案内
日曜日 10:30~11:45 2階礼拝堂
礼拝では、讃美歌を歌い、聖書を読み、祈りをささげ、牧師の「説教」を聴くことが主たる内容です。「説教」と言いますが「お説教」ではなく、聖書をまんべんなく読むための「教会暦」に従った聖書の箇所から、牧師が「今の時代に生きる我々への神様からの語りかけだと理解するところ(メッセージ)」を話します。 そのメッセージの要旨を、まだ教会に来られたことのない方にも読んでいただいて、こんな話をしているのかと関心を持っていただけたらと思い、紹介させて頂きます。 この「説教要旨」をお読みになられて、天満教会に行ってみようと思ってくださると有難いです。ぜひご感想を携えて天満教会をお訪ねください。
説 教 要 旨
2026年10月04日
ー 聖霊降臨節第20主日 ー
説教「怒るほど 本気で 人を愛しても」
説教者 春名 康範 牧師
聖書 出エジプト記 32章7~24節
今朝の聖書の箇所は、神様がイスラエルの民に「十戒」を与えられた記事です。神様が指で十戒を石の板に刻まれてモーセにお授けになりましたが、モーセの下山が遅いので、人々はアロンに金の子牛を造らせて「これこそエジプトから導き上った神々だ」と言って宴会を開きました。山の上では神様が怒り彼等を滅ぼすと言われ、モーセは神様をなだめて、「どうしてご自分の民に向かって怒りを燃やされるのですか。燃える怒りをやめ、ご自分の民にくだす災いを思い直してください」と訴えました。しかし、モーセは山から下りて来て人々がしている事を見て、怒って神様ご自身が指で書かれた石の板の十戒を雄牛の像に投げつけて石版も像も粉々にしてしまいました。
「怒る」という単語が今朝の聖書の中に5回出てきました。今朝のキーワードは「怒り」です。漢字では女とヌと心ですが、ヌは手を意味して女とヌで奴隷、僕、を意味します。相手のために奴隷のように働いている者の心を意味して、何もしない無関係な者には生まれてこない感情だと辞書には説明されていました。神様が怒って人々を滅ぼすと言われたのは神様が人々を愛して、身を粉にして働き、支援の手を伸ばして来られたからです。
京都府南丹市で市立園部小学校の生徒であった安達結希君11歳が3月23日に行方不明になり、4月13日に遺体で発見され、母親の再婚相手の父親の優季さんが犯人だったと報道されました。結希君が優季さんに対して心から「お父さん」と言えなくて、「本当のお父さんじゃないのに」と言ったのでカッとなって殺害してしまったそうです。優季さんにすれば、一生懸命優しくして、「お父さん」と言ってもらえる関係になりたいとこんなに毎日努力しているのにその気持ちが通じないのかとカッとなってしまったのだと思います。
私達も人に「怒ったらあかん」と言います。しかし、怒るほど愛して良い関係を作ろうとしなければいけません。しかし、願い通りの関係が築けなくても赦さなければいけません。それが共に生きる関係を作りなさいと言われて人類を創造された神様の願いだから。私達も赦されて生かされている人間であることを忘れず、「怒ったらアカン」と自分に言って聞かせて、人を赦し、共に生きる関係を築いて生きて行こうと毎朝毎朝、祈って生きて行きましょう。

